刺しゅうという選択をもっと多くの方に|丸田ししゅう WEB事業担当 丸田仁 さん
父親が約30年前に創業した刺しゅう専門のメーカーを継承し、日々刺しゅうを施した製品を全国へ届ける丸田仁さん。家業を継ぐ前に勤めていた仕事が、現在の刺しゅうづくりに活かされています。
印刷業界の経験を活かし、家業を継承
丸田さんが「丸田ししゅう」を継いだのは、「誰かが継がないと、今まで継続していたお客様に迷惑がかかってしまうし、これまで積み上げてきたものがすべて無くなってしまうのはすごいもったいないと思わない?」という親戚のおばの一言がきっかけでした。
20歳の頃は、家業を継ごうとは考えていなかった丸田さん。3人いる兄弟のうち、「誰かがやるだろうな」というくらいの気持ちだったと言います。家業を受け継ぐことを考え始めたのは25歳の時。先ほどの、おばの一言が強く心に響いたそうです。
丸田さんは、家業を継ぐ前には印刷業界で働いていました。刺しゅうとは世界が違いますが、当時の経験を今でも応用できる場面が多くあるといいます。
「例えば、刺しゅうの図案を『イラストレーター』というデザインソフトのデータでもらうことがあります。私が印刷業を経験していなかったらまず、イラストレーターについて初歩的な知識を身につける必要がありました」
刺しゅう業界には、家族経営をしている事業者が多いといいます。そのようななかで丸田さんがこれから大切にしたいのは、持続可能な会社にしていくということ。
「普通のベンチャー企業やIT企業であれば、家族経営は少ないですよね。では刺しゅう業界だけが特別で、家族経営でなければならないかというと絶対にそうではありません。ノウハウを社内で共有できる仕組みがあれば、誰でも刺しゅうの知識がついて、接客もできて、という形に必ずなっていくと思っています。現在、その仕組みづくりに力を入れています」
丸田ししゅうに営業社員も採用するなど、丸田さんが求める持続可能な会社へと着実に進んでいます。
刺しゅうで書き順までも表現していく
丸田ししゅうの特徴は、刺しゅう一筋で営業をしているところ。多くの刺しゅう業者がプリント加工を施した商品も扱うなか、丸田さんは刺しゅう加工のみを扱っています。
「プリントにも手を出していると、刺しゅうがおろそかになってしまうと考えています。両方扱う会社でも、プリントがメインで刺しゅうの機械も少し置いているという場合もあります。全部が全部とは言いませんが、刺しゅうの質でいうとやはりそれ専門にやっている業者の方が、高品質なものを提供できることが多いように感じます。できる手法を絞ることによって、お客様にも安心感を持っていただくことができるのではないでしょうか」
「刺しゅうは、縫い方と見る角度、光の具合で見え方が違います。全部一方向に縫っていくのか、文字の書き順などもしっかり表現できるように縫うのかで変わるんです。漢字の書き順まで再現するメーカーは、ほかにあまりないのではないでしょうか。また、プリントだとそこまでは表現できないと思っています」
施したい図案を最もきれいに表現できるように、あれこれ試行錯誤を繰り返した末に商品ができあがります。刺しゅう専門のメーカーとして、そういった製作過程も知ってもらえると嬉しいと丸田さんは言います。
創業者である父親は、刺しゅう歴30年のベテラン。父親の背中を追いかけながら、丸田さんは日々技術や感覚を磨いています。
プロの力を借りて、丸田ししゅうを伝える
丸田さんは、丸田ししゅうのWEB担当の顔も持っています。そんな丸田さんがお客様との接点で大事にしていることは、ビジュアルで伝えるということ。
「専門性を持った外部の方にお願いしているんです。写真はプロのカメラマンに撮影してもらい、ウェブサイトもプロに作ってもらうようにしています。私は丸田ししゅうの雰囲気を伝えてもらう役割という意味で“社外社員“と呼んでいます」
丸田ししゅうの周りには、それぞれの専門性が集まる“丸田ししゅうチーム”ができているのです。
刺しゅうがもっと身近な存在になってほしい
丸田さんがこれからやっていきたいのは、わかりやすい価格設定の仕組みをつくっていくことです。
刺しゅうの価格は、針を入れた回数の「針数」で計算されるのが一般的です。しかし、この針数による価格設定は、実際に刺しゅう用のデータを作成してみないとわからない部分が多いのが課題でした。結果、注文主が想定していた金額より大幅に高くなってしまうこともあったそうです。
「もっと事前にわかる仕組みがあるのではないかと考えています。わかりやすさを大事にして色数で価格を決め、縁取りがあったらプラスいくらなど、ある程度平均化してお客さんも製作側も損をしない仕組みをつくりたい。最終的な金額までの明確な道筋を提示できるようにしたいなと思っています」
わかりやすい価格設定の先に丸田さんが見据えているのは、地域の人たちに刺しゅうをもっと身近に感じてほしいという願いです。
「刺しゅうを施すという選択肢を、みなさんに持ってほしいなと思っています。例えばユニホームを作りたいと思ったとき、ほとんどの方はプリントを思い浮かべると思います。そんな場面で、刺しゅうという方法もあったよね、丸田ししゅうさんがあったよね、という発想に結びついてほしくて。地域の小学校の卒業記念品として刺しゅうを施したものを贈呈したり、そういうのがあっても良いのかなと思っています」
地域に貢献できる刺しゅうメーカーになる。そのための丸田さんの挑戦は、結城の未来を紡いでいるのかもしれません。
取材・執筆:平塚雅人
常総市出身の地方公務員。公務のかたわら、守谷市で写真業を営む妻とフォトグラファーユニットを組み、地域のさまざまな人や風景を撮影している。