結城の暮らし INTERVIEW 結城での多様な暮らし方を実践する方々に、結城の暮らしについてあれこれ伺います。

手間も時間も惜しまず本当にいい仕事を|アルチザン・パティシエ・イタバシ オーナーシェフ 板橋恒久 さん

「アルチザン・パティシエ・イタバシ」は、結城を代表する洋菓子店です。2021年に開業15周年を迎えました。結城駅から駅南中央通りを南へ車で約5分。全面ガラス張りのカフェが特徴的な店は、こだわりの絵画や季節のお花で彩られています。そのセンスは、まるで外国へ来たかのよう。オーナーシェフ、板橋恒久さんにお話を伺いました。

拠点を東京から結城へ、田舎も都会も関係ない

板橋さんは、筑西市の出身。フランス料理人として渡仏後、修行中にパティスリーに転向します。帰国後は都内の高級レストランで製菓長を勤めていましたが、その間も地元に帰ることをずっと意識していたと言います。

「とても悩みました。ずっと東京で仕事をしていれば、自分の作りたいお菓子を作ることができて、食べてくれる人もたくさんいるから」

それでも覚悟を決めて茨城へ戻ってきたのは、今から15年前の2006年のことでした。

オープン当初が一番苦労した、と板橋さん。特に、お菓子の価格の設定に不安があったそうです。多くの人が手に取りやすい価格にするために材料を変更し、コストダウンを検討しました。しかし、アーモンドひとつ取っても、高価なスペイン産のものと、安価なアメリカ産とではまるで別物……。せっかくなら、良い材料を使ってお菓子を作りたいとスタッフとも相談し、「高いかもしれないけれど適正な価格で、東京で営業していた時と変わらないスタイル」でオープンすることに決めたのです。

「いざお店を開けると、お客さんがたくさん来てくれました。本当にびっくりしました」

今では、「東京と田舎」という感覚はあまりないと話します。先日、銀座の有名なカフェとのコラボ商品の提案があり、商品を開発したそうです。売れ行きは好調。パッケージにはアルチザン・パティシエ・イタバシの名前と銀座のカフェの名前がしっかりとデザインされています。板橋さんは、この商品を手に、嬉しかったと笑顔を浮かべます。

「田舎でやっていても、中央と何かしらのつながりがあるというか。あんまり関係ないんだなと、しみじみ感じます」

アルチザンは「職人」という意味

宮大工みたいになりたいと思った、と板橋さん。ただひたすら努力を重ねてきました。

「アスリートだって何だって世界ですごく活躍している人は、インタビューであんなに笑っているけど、みんなものすごい努力をしているはずですよ。でなかったらあんな風になれない。人が見てないところで、信じられないくらい練習してるはずです。時間とか関係なしに。私も寝る間を惜しんで努力してきましたが、もっと上を目指そうと思ったらもっとたくさん努力しないとだめ。時間だとか、そんなこと言ったら絶対無理です」

「本当にいい仕事をするために、時間や手間を惜しまずに技術を切磋琢磨して作っていく。アルチザンは、職人という意味なんですよ。憧れて店名に入れたんです」

その姿勢が特に表れているお菓子が、この店一押しの「モンブラン」です。板橋さんによると、モンブランに使うマロンクリームはマロンペースト(栗をつぶして砂糖などを加え、ペースト状に加工したもの)で作ることが多いそうです。

しかしアルチザン・パティシエ・イタバシでは、マロンペーストは使いません。笠間の農家から栗を直接仕入れ、ゆでて皮を剥き、つぶして裏ごし。砂糖は加えずにマロンクリームに仕上げていきます。笠間の栗をたっぷりと使ったマロンクリームは、一口食べただけでも栗の素朴な甘みが腔内いっぱいに広がります。

モンブランの土台となるサクサクのメレンゲは、「空気を食べているような軽い食感」を目指し、板橋さんが時間をかけて完成させたもの。「『座右の銘は、ケーキと漢(おとこ)は中身が命』と言っていましたが、第二弾として『たかがメレンゲ、されどメレンゲ』っていうのを作ろうかなと」と、板橋さんは笑います。

結城の魅力と板橋さんのこれから

近年、町の印象を大きく変えた「結プロジェクト」の話には、「若い人が、まちおこしみたいなものをやると聞いた時には、すごいなと思いました。結城ってあまり人を吸収する力がないというか。でも私はよそから来たこともあって、結城の魅力はわかっていましたよ」と言います。

「例えば、そこの森は、結城朝光という鎌倉時代の武将の館跡なんです。700年前の土塁も残っているし、歴史的な史跡がすぐ近くにあるのが魅力のひとつでもあると思います」

こう言いながら、板橋さんは店の右手にある森を示します。味噌や醤油、お酢など、たくさんの名産品があることも魅力的だそうです。

板橋さんに今後の目標について尋ねると、「格好つけた言い方になってしまうかもしれないけれど」と前置きしつつ、受け継がれる味の伝承、という答えをもらいました。ただ同時に、技術の伝承は課題であるとも感じているのだとか。

「時間だとか、最低賃金だとかは、世の中の流れとして確かに大切なことかもしれません。けれども、今、自分に投資するためにはどうしたらいいかを考えた場合、若い人たちも、がむしゃらになって仕事をするとか、そういう情熱を持った人が増えたらいいなと思うんですよね」

取材・執筆:平塚みり
守谷市在住のフリーランスカメラマン。ブライダル写真事務所でのアシスタントから本格的に写真を学び現在に至る。

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