ただ、ここに在るという価値 はじめの一歩から紡ぐ 結城紬に還る道|きもの実験室rico_labo・外山憂有子さん
結城紬は、真綿から手で紡がれる軽く柔らかな糸を、地機(じばた)で織ってつくる絹織物。古くから茨城県結城市や栃木県小山市を中心とした結城地方で織り継がれてきました。そんな紬の街、結城市の一角にある「きもの実験室 rico_labo(以下、rico_labo)」。ここでは機織りや和裁の教室が開かれ、着物のレンタルなどが行われています。
グレーのモダンな結城紬の着物にブーツ姿で出迎えてくれたのは、代表の外山憂有子さん。「この場所で結城紬と暮らしとを地続きにしたい」と話す外山さんにこの場所や結城紬への思いを伺いました。
面倒で手間、だけれどその価値がある
rico_labo代表の外山憂有子さんは、結城紬の“織子さん”。地機(じばた)と呼ばれる伝統的な手織機を使い、反物を織るのが仕事。機屋さんからの独立を経て、現在はこの場所で個人や企業からのオーダーに応じて機(はた)を織っています。織りの工程だけでなく、企画からデザイン・糸の染色までを一人でこなすスタイルで制作に取り組み、最近では「パリ・ファッションウィーク」に出展するアパレルメーカーに納品した実績もあるほど。
もともと着物が好きだったという外山さんが、茨城県の研修制度を利用してこの道に入ったのは15年ほど前のこと。結城市の隣、筑西市で生まれ育ち結城紬の存在は身近にはあったものの、当時は深い思い入れがあったわけではなく、「研修の時間がちょうど空いているし、やってみよう思った」という気軽な気持ちで応募したことが、今につながる活動のスタート。現在のような活動や、着物にまつわる仕事をしようと思ったのは、意外にも織子になってからなのだそうです。
「結城紬のよさはなんといっても、手紡ぎ糸なんです。私はこれが無くなったら、結城紬を織らなくてもよいかなと思っているくらい。すごく面倒なつくり方をする上、織るにも手間がかかるけれど、その価値がある。唯一無二の手紡ぎ糸を使う結城紬の風合いは、他の着物にはないですね。今の私にとっては、やっぱり糸といったら手紡ぎ糸だし、機織りと言ったら地機織り。結城紬を継続させていきたいという気持ちで活動しています」
織子として、より近い位置から結城紬の工程や素材に触れたことで、結城紬に魅せられていった外山さんは次の時代へこの伝統産業を残して行くための道の模索を開始。そのうちの一つが約11年前スタートさせ現在まで続くrico laboの活動でした。
なんでもある“きもの実験室”は、結城紬にはじめて出会う場所
外山さんが唯一無二と語る糸は、蚕の作る繭から取り出した真綿を開いて、手で紡ぐことで作られるもの。その美しい糸は繊細で、機械織りには適さないため地機(じばた)を使って、織子の手で織られ布になります。一つひとつの工程で人の手を介して織り出された生地は軽くやわらかな風合いで“一枚あっても結城“と分かるような触り心地です。
rico laboでは、それらを結城紬に普段は触れる機会の無い人たちにも体感してもらおうと、イベントへの出店を中心に染織ワークショップや着物レンタルを行ってきました。“きもの実験室”として、元は家具屋だったビルに場所を得たのは最近のこと。普段は外山さんが機を織る結城紬の製作所ですが、週に2回ほど一般に向けてオープンしています。
「ここでは、結城紬のワークショップに機織り教室、素材について勉強する講座から、着付けや和裁教室、着物の販売までなんでもしています。置いてある機(はた)は結城紬の地機以外にも海外のものまであって…。いろいろやり過ぎていて、ここが何をしている場所なのか分からないと言われることもあるくらいなんです」と笑う外山さん。
その言葉の通り、rico laboにところせましと並ぶのは、沢山の機織り道具や糸の束、色とりどりの反物たち。着物の販売やレンタルも人気で、外山さんが提案する現代的な着物コーディネートや、洋装を組み合わせて着る着物スタイルで結城の街を周るのを楽しみにしている人も多いのだとか。
そのはじめの一歩が、いつか暮らしと伝統産業を地続きにする
扱われている着物はリユース品を中心に手に取りやすい価格のものもあり、デザインもチェック柄からストライプ模様、伝統的結城紬の代名詞である亀甲柄まで様々。着物に親しみがない人でも袖を通してみようという気持ちが高まりそうなものばかりが集まります。
おそらく、この場所を初めて訪れる多くの人にとって、ここで着物を選ぶとき、或いはここで着付けをしてもらうときが、はじめて結城紬に触れる瞬間になり、指先からこの織物に思いを馳せる時間となるのではないでしょうか。
「着物はワードローブのひとつ。『かわいいから着てみたい』がきっかけで良いと思います。たとえそれが結城紬でなくたって良い。この場所で着物のはじめの一歩を踏み出して欲しいんです」
外山さんが願い、見据えるのは着物を着ることの先にある結城紬の継続でした。機織りや染色の講座以外にも、rico laboにたくさんの“はじめの一歩”や“入り口”があるのは、伝統産業と私たちの暮らしとを地続きしたいという思いからに他なりません。
外山さんは、この場所が今ここにあることの意味について“物と生産の現場がつながっているのが見えること”なのだと続けます。
私たちが衣服を手にするまでの間には、糸を紡いで染める、機を織る、反物を仕立てるという過程がありますが、現代の暮らしの中でその背景を思う機会はどれほどあるのでしょうか。ここでそれらがつながった時、伝統産業へ眼差しは変わるのかもしれません。
「ここにある物のうちの一つがきっかけになって、織物や着物に興味を持ってくれる人が増えたらうれしく思います」
着物という衣服として、糸や織りという素材として、機織りという手仕事として…沢山の“はじめの一歩への入り口”をこのrico laboに開き、私たちの暮らしの中から伝統産業までの道をつなぐ外山さん。その入り口の先で結城紬が鮮やかに織り継がれる未来を、今日もこの場所で紡ぎ続けます。
※この記事は、2020年度開催「ことばを紡ぐゼミ」の受講者により、取材・執筆されました。
取材・執筆:蓮田美純(茨城県水戸市)
常陸大宮市の山育ち。趣味は食べることと暮らすこと。パンと散歩と着物が好きです。